とにかく「苦しい」という意識だけが残っていた。これがぎりぎりの救出につながったように思う。息ができず力の限りもがくとすぐに顔が海面にでた。どうやら海中に放り出されたらしい。といってもその時は墜落したこと自体を理解できなかった。眼鏡はどこかに飛んでなくなっていたし、顔がむくれて目がなかなか開かない。海水(ヘドロ)をたらふく飲んでいたらしく、まともに呼吸ができず、めいっぱい嘔吐を繰り返した。とにかく近くにあった機体の破片らしきものにしがみついていた。しばらくして徐々に回りが見えてきた。私の左側に機体が着水しており前方に主翼が見えて、回りは機体の破片が散乱していた。不思議なことにこのときまだシートベルトをしていた。座席ごと海の中に飛び出していたのである。もがいてすぐ顔が海面に出たのは、水深が浅かった(浅瀬であった)ことと、座席に浮力があったのか、座席に座ったまま体が浮き上がるような格好になっていたためだった。
一方、年金を納めないと、歳をとってから年金はもらえない。他に収入がなければ、生活保護を受けることになる。
その生活保護は、毎月8万8千円もらえる。
それじゃ、年金納めない方が得じゃん!
という素朴な疑問を持っていたの。だけど、今まで人には言えなかった。だって、それってすごい矛盾だもん。
そしたら、今日の日経新聞の夕刊に書いてあった。そうなんだって。生活保護のが得なんだって。
2008-11-22 (via gkojay)
これまでガゼッタやレキップ関係に写真を送るのは、ミラノの写真エージェントを通していた。こうした大手新聞社になると、通常は個人カメラマンは相手にせず、どうしてもエージェントが必要なのだ。
ところが、ブエルタ期間中の9月下旬、40年に渡ってやってきたこのミラノの有名エージェントが突然閉鎖した。すでにリストラを進めていて、何人も辞めていったのだけど、閉業は寝耳に水だった。そこの自転車の写真をもう十数年間に渡って一手に請け負って来たのだ。
このエージェントから、ジロでの写真のお金をまだもらっていなかった。ガゼッタ関係だけでも日刊紙、DVD16巻、ミラノのボッコーニ大学での写真展などに写真がたくさん使われていて、その額はクルマが買えるくらいにのぼる。
倒産ではなくて閉業なので、お金はもらえると言われているが、それが100%なのか50%なのか、そしていつになるかなどは清算が終わらないと分からない。
これはもう自分の力ではどうしようもないので、まずは今後の販売ルートを立て直さなければならない。
今朝はオーストラリアでエヴァンスの書籍を出すから写真を使いたいと言うメールがあり、商談は成立。これからはこうした細かな仕事も全部自分でやって行かなければならない。
まあ、マージンがとられないのでいいのだけど、請求書などはかなり面倒だ。
さて、レキップの写真担当者は幸いこちらのことを以前から評価してくれていたこともあり、話はすぐにまにまとまった。これからは直接送ることになった。
一方のガゼッタだけど、直接取引をしているイタリア人フォトグラファーに聞いたら、彼はサッカーやら自転車やらを長くやって来た末にやっと認めてもらえたそうで、サーバーに直接送るために必要なパスワードを手に入れるのは、イタリア人でもまず無理とのこと。
しかし、ガゼッタの自転車部門のチーフが会社に強くお願いしてくれた。事実、ブエルタ期間はほぼ毎日、僕の写真が使われていたのだ。
だけど10日が過ぎた今日も連絡がなく、もう不安が募るばかり。気分転換のためもあって、近くのスーパーマーケットに買い物に行った。
そこにちょうどガゼッタから電話があって、パスワードが出されることになったと言う。
災い転じて福となすとはこのことで、20年以上仕事をやって来たかいがあったと心底思った。
もちろん、写真を直接送ったからといってバンバン使われるわけではないけど、自転車競技とは無縁の国から出て行った一個人が、世界の二大スポーツ新聞と直接取引ができるのだ。自分の中では別府や新城以上の快挙(笑)!
だけどまあ、例のジロの売掛金が本当に回収できるのかどうか。良い正月が迎えられるのかどうかはこれからの展開次第。
ブエルタをパンクで失ったエヴァンスが世界選を制した例もあるし、僕も前に進むのみ。
ちなみにガゼッタからのパスワードはイタリア語で「子ネズミ」。子ネズミだって毎日柱を噛んでいれば、家をも倒す、よね(?)。
江戸の町人は7割が男、男が余って一生独身の奴らばかりだから風俗が流行
女はオカメでもモテモテなので、かかあ天下になりやすく不倫や離婚も多い
長屋の大家は住人のウンコを農家に肥料として
売る契約をして成り立ってるので家賃が安い
基本、普段はプラプラして金がなくなったら仕事をする生活
天秤棒担いで、仕入れたものを何か売ったり
ロウソクの欠片や木の灰を集めたり
何か手伝う事ないかーなんて叫ぶだけでも日銭は稼げた
すぐ火事になるから家具とかにも金をかけない
飯は白米を一食二合
殺人は勿論、詐欺でも死刑なので
スリさえ気を付ければ治安は上々、戦争も当然ない
酒飲んでソバ食って春画みてオナって寝る
そんな毎日
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補足。
女は結婚する時にあらかじめ男に三行半(いつ離婚しても文句いいません覚え書き)を書かいてもらって持っておき、離婚したくなったらそれを使う。
三行半を書いてもらわなかった場合は駆け込み寺へ行って一定期間別居すれば離婚成立。
町人階級には基本的に「姓」は無いので、夫婦別姓とか子どもの姓はどっちとかいう議論は発生しない。名字帯刀を許された町人階級(お金持ちや町内会長的なポジションのおうち)は現代と同じ。
公式の場では名乗れないけど、通称として内輪で名乗る姓は一応OK。歌舞伎役者の名跡なんかはその扱い。
一般人は「住んでる地名 or 出身地+身分+名前」が正式の名乗りになる。都市生活者だと浪人とか町人っていう身分の他に、住んでるところが曖昧(借家を転々としてるような)で定職に就いてない(商家の使い走りとか、日雇い運送業とか博打打ち etc)のは「無宿(むしゅく=アウトロー)」扱いになる。
離婚経験者や夫と死別した女性はモテた。
妻としての経験を積んでいる(性的にも家事の面でも)という理由。
子持ちだと「子どもを産む能力がある」という証明があるので、やっぱり人気。
未通娘が良しとされたのは、先出の名字帯刀が許された町人と武士の娘くらい。誰が父親かはっきりしている子どもじゃないと困るから。
ここからは上方の風習。
上方の都市では武士=勉強も芸事も商才も何も取り柄が無い人の職業、という意識が強い。
というのも、上方の都市(京都・大阪・奈良など)は幕府の直轄領なので、上方の都市に住んでる武士はお殿様に仕えてる藩士ではなくて、江戸から派遣されて来るキャリア組の代官の下で事務処理だけやるのが仕事だったため。
商家では自分の息子で出来の悪いのが居ると、武士の養子の権利(株という)を買って、商売と自分の家から切り離した。
そんなわけで、お店のオーナー一家に息子と娘が居て、息子に商才無しとオーナーが判断した場合は、娘と一番番頭や職人の若手No.1などを結婚させて店を継がせるのが一般的。
むしろ、博打要素の高い息子を若社長として育てるルートより、 丁稚や見習い(どちらも小学校低学年くらい)の頃からオーナー子飼いで育てた部下を婿養子にする方が手堅かったらしい。
上方の都市は男女半々くらいの人口比だったので、江戸ほど男余りではなかった。
そのため、歓楽街の風習も異なる。
江戸の吉原では花魁のような高位でも一晩に数人の客を取る「回し」が一般的。
数部屋に客をばらばらに待たせておいて、ヘルプの芸者や新造(半人前)にお酌や芸をさせておいて間を持たせ、掛け持ちする。
客もそれを前提としているので、待つのも遊びのうちとして割り切っている。
また、大門からの外出は厳禁。
上方の歓楽街、京都の島原、大阪の新町では、客は基本一晩一人。
遊郭の外に同伴で遊びに行くのも可。ただし、別料金。
京都はお寺が多いので、陰間の需要が高かった。江戸時代の僧侶は浄土真宗以外、基本的に女犯禁止のため。
男性の同性愛は世間一般常識上ノーマル。
むしろ生殖目的ではないので、異性愛よりプラトニックで高尚という意識。
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